SKiCCO REPORT

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アイドル大航海時代〜ネットの海から新天地へ〜

 21世紀に入り、ネットサービスとモバイル環境は大きく発展しました。それは、20世紀にあった 人、時間、場所、という3つの隔たりを格段に減らしました。そのことで、アイドルとアイドルファンの行動様式は大きく変わりつつあります。
 かつてのアイドルファンは孤独でした。同朋を探すことは、砂漠で一粒の砂金を探すような偶然に任せるしかありませんでした。しかし、モバイルネットとソーシャルメディアの普及で、我々はどこにいても情報を共有することができるようになりました。
 YouTubeなどの動画公開サービスは、一期一会だったアイドルとの出会う機会を格段に増やすこととなりました。
 モバイルインターネットとUSTREAMなどのサービスにより、手軽に中継が行われるようになり、自宅に居ながらにして現場の雰囲気を味わうことが出来るようになりました。
 テン年代は、こうした隔たりを超えて、アイドルたちがネットの大海原から新天地へ向かう、アイドル大航海時代ではないかと考えます。

アイドル=メディアの時代

 かつてのアイドルはメディアが作るものでした。テレビに出てこそ、雑誌に出てこそのアイドルだと言うのです。ファンにとっては、アイドルはメディアの向こう側の存在でした。それゆえに、“幻想”を生み出すことが可能になり、ファンは夢を見て、ギョーカイはカネを生み出すことができてきたのでした。
 ところが、メディアが作る幻想と自身をあいまいにすることで成立してきた“アイドル”という存在を、あくまで“幻想”だと白日の下にさらしたのが、おニャン子クラブでした。言わばアイドルを職業化した存在と言えます。おニャン子においては“商品化”とも言われました。仮面ライダーチップスのように、おまけが重要で中身が軽視されているのと同時に、“仮面ライダー”“おニャン子クラブ”という名前こそが重要だという指摘でした。今ではブランディングと呼ばれ、手法として重要視されてますが、当時はそれをアイドルという生身の人間で行うことは、タブー視されていたのです。
 おニャン子クラブは大ブームとなりますが、母体となる番組「夕やけニャンニャン」の視聴率低下とともに、おニャン子クラブは解散を余儀なくされます。そして“おニャン子クラブ”というブランドを失った多くのメンバーは、メディアから姿を消していきました。メディアが生み出したアイドルは、メディアにより潰されたのです。
 この後、アイドル冬の時代と呼ばれる時期となりますが、決してアイドルは死に絶えていたわけではありません。
 おニャン子を仕掛けたフジテレビは、今度は“プロのアイドルを養成する”という意味合いで“乙女塾”を始めます。CoCo、ribbonQlairなど、今もファンが多いアイドルを輩出しました。全国各地でコンサートが開催されるなど、ファンは確実に存在していました。しかし、当時日本を席巻していたバンドブームの前に、彼女らがメディアに出る機会は、どうしても制限されていました。
 ソロアイドルとしては、高橋由美子がいました。当時、“20世紀最後のアイドル”との呼び声もありましたが、それは、彼女以外にアイドルが見当たらない、また、出てくる土壌もなくなっていたことの表れでもあります。また、彼女は「アイドルは職業」だとも言い切っていました。当時は、アイドルが忌避される存在であったのです。アイドルであろうとなかろうと、“アイドル呼ばわり”されることを極端に避けてました。だから、高橋由美子ほどのアイドルでも、アイドルで在り続けるためには、これは仕事でやってるんですよ、本当に私はまた別にいますよ、とエクスキューズせざるを得なかったです。
 アイドルはニセモノ、アイドルはまがいもの、アイドルはダサい、アイドルはオタクくさい、そうした認識が世の中全体を支配していたといっても過言ではありませんでした。少しでもアイドルっぽいとみなされると白眼視されてしまうのです。そのため、EPICソニーが手がけた「東京パフォーマンスドール」も、スペースクラフトが手がけた「南青山少女歌劇団」も、十代の女の子のパフォーマンスグループでありながら、アイドル色を消すことに腐心していました。一方で、自分たちで曲を作り、演奏するバンドはもてはやされました。バンドブームはそれほど絶大だったのです。
 しかし、そのバンドブームもテレビ番組により商品化され、タイアップの波が押し寄せ、やがて衰退して行きました。メディアに作られたものは、やはりメディアに捨てられるのです。
 そんな時代に、メディアに出ないアイドルが、少しずつ活動開始してきました。どうせメディアに活動の場がないのなら、しっかりと受け止めてくれるファンの前で活動しようというアイドルは、当時“ライブアイドル”と呼ばれました。制服向上委員会は、当初メジャーレーベルからデビューするものの、やがて独自のレコードレーベルを持ち、メディアに依存しない活動を今も続けています。
 ライブハウスや公共ホールなどで歌を披露しながら、写真などを手売りしファンとの交流を行うアイドルが出てきたのもこの頃です。しかし、客の数はお世辞にも多いとはいえず、それゆえメディアから注目されることもほとんどありませんでした。
 この頃のアイドルは、今の基準で言えば、商業的に成功したとはとうてい言えないでしょう。しかし、アイドル側もファンも“本当に好きな人”だけが集まるという状態になってました。結果的とはいえ、メディアが介在しないアイドルが成立しうることが、このころ明らかになったと言えます。また、それは、プリミティブなエンターテインメントの形と言えたかもしれません。今にして思えば、虚構が暴かれた後に残ったものこそが、本当のアイドルだったのかもしれません。

メディア主導アイドルの終焉

 奇しくもおニャン子解散から10年後、1997年に登場した、モーニング娘。は大ブームを巻き起こしました。
 近年はメディアに出る機会も減ってましたが、モーニング娘。は決して人気がなくなったわけではないのです。常にコンサートを全国ツアー規模で行い、メンバーの卒業ともなれば必ず横浜アリーナ日本武道館で行われます。モーニング娘。ハロプロが集う通称「ハロコン」は毎年夏と冬に連日数公演行われております。ファンはしっかりと存在しているのです。少なくとも、ゼロ年代を通じて、これほど人気と動員を誇るアイドルは他に存在しませんでした。
 では、なぜモーニング娘。をはじめとするハロプロは、世間から姿を消したように見えてしまったのでしょう。
 それは、メディアが扇動したアイドルだったからです。
 メディアが扇動したアイドルは、その生殺与奪をメディアに奪われてしまいます。ファンでも、事務所でもありません。メディアは数字しか見ていません。特にテレビは、自分たちで素材の善し悪しの判断ができなくなっているのです。視聴率が下がれば番組を打ち切り、CDの売上が下がれば人気がないとみなします。その程度の価値判断しかできなくなっている人間たちが扇動したからこそ、モーニング娘。はメディアから“価値”を認められなくなり、メディアから姿を消さざるを得なくなったのです。
 しかし、モーニング娘。は今も活動してますし、ファンもしっかりいます。コンサートでの動員は嘘をつきません。メディアに作られたモーニング娘。はいなくなったかもしれませんが、今は新しいメンバーが新しいモーニング娘。の歴史を、新しいファンとともに刻んでいます。それは、テレビ局など一握りの人間のさじ加減で決められたものではありません。モーニング娘。のメンバーと、コンサートに足を運ぶ一人ひとりのファンの想いです。モーニング娘。は、今、新しい力を得て、再び立ち上がろうとしています。
 そして、メディアに依存せず開始されたアイドルプロジェクトで大成功したのが、AKB48と、ももいろクローバー(現・ももいろクローバーZ、以下ももクロ)です。今でこそ(特にAKB48は)テレビなどのメディアで見かけるのは珍しくなくなりましたが、これはテレビに出たから売れたと言うよりは、人気が出たからテレビが出すようになったのです。
 AKB48にせよ、ももクロにせよ、メディアはそのムーブメントの主導権を一度も握ること無く、後追いすることしかできませんでした。両グループのブレイクは、テレビが自分たちでムーブメントを作る力はなくなっており、実際に人気が出てきたものを数字で選別することしかできなくなっていたことを証明したのでした。

テン年代の新人アイドル事情

 こうしたテレビの斜陽化は、新人アイドルの売り出し方にも影響を与え始めています。SUPER☆GiRLS(スーパーガールズ、以下スパガ)とFairies(フェアリーズ)の共通点に、それを見ることができます。
 双方とも、人材や資金を潤沢に投入されたいわゆる“大型新人”であり、それによりメジャー感を出すことに成功しています。テレビへの露出も怠りありません。それは、旧来の“大型新人”と同様です。
 しかし、この2グループはそれに加えて、今の時代に合わせた戦術も取られています。
 それが“ネット対策”と“握手会”です。
 AKB48の登場以降、アイドルイヴェントの代表のように呼ばれている握手会は、両グループとも盛んに行われています。通常、メディア露出を重視する場合、スケジュールの都合やイメージ戦略のため、握手会は行わないか、回数を減らすのがこれまでのやり方でした。しかし両グループは、メディア大量露出によりメジャー感を演出しているにもかかわらず、握手会を盛んに行なっております。どんな大手であっても、少なくとも新人の立ち上げ時には握手会は無視できない要素として認識されているということです。これは、メディアを介して幻想を売っていたい時代と大きく異なります。
 両グループはネットへの対応も積極的に行なっています。
 Fairiesのオープンスペースにおけるリリースイヴェントは、概ね、一般客による撮影を禁止しておりません。これは大手としては極めて異例です。動画サイトで検索すると、Fairiesのステージを撮影した動画が多数見つかります。これらは極めてグレーな動画であり、また、権利者が動画サイトに通報すれば、すぐに削除されるものですが、デビューから数ヶ月経った後も放置され、事実上黙認されています。権利者としては大っぴらに見てくださいとは言えないものの、若者にリーチする方法として動画サイトは無視できない存在だと認識していることの現れといえるでしょう。
 スパガは、モバイル向けに“マイドル!”と呼ばれるポイントサイトを運営しています。これは、CDやグッズなどを購入するポイントを貯めることで、ジャケット写真やアーティスト写真を決めるアンケートに参加したり、グループ内ユニットの方向性を決めるなど、ファンの意見をグループの具体的な活動に反映していくシステムです。メンバーの人気投票も日常的に行われ、メンバーのグループ内ポジションに影響を与えてます。このように、擬似的にプロデューサー感覚を味わえる機会を作ることで、ファンとの一体感を高めているのです。
 アイドルがメディアの向こうの、手が届かない存在だった時代は、メディア側のまやかしで儲けることもできたでしょうが、今やそれは通じません。アイドルを売り出す仕組みそのものにファンを参加させ、ともに成長する喜びをわかってもらおうという発想ができつつあります。ネットを始めとする技術革新により、それが可能になったのです。今後は、アイドルもファンもデジタルネイティブ(物心ついた頃からネットに親しんだ世代)が主流になっていくでしょう。テレビの影響力は失われる一方です。今後、ネットの活用抜きには、アイドルの成功はありえない時代が来ると思われます。

アイドルが変える地方と中央の関係

 アイドルがメディアの向こう側の存在だった20世紀。そのメディアとはイコール中央=東京のメディアでした。テレビといえば東京の民放キー局。出版社も新聞社も東京に集中しています。地方出身者にとって、アイドルになるということは、それは上京して芸能活動をすることを意味していました。東京に住んで、東京の事務所に所属し、東京のメディアで活動する、それがアイドルだと、皆が思い込んでいました。
 その常識が、近年大きく変わろうとしています。地方に居を置いたまま、地方で活動するアイドルたちが次々に登場してきたのです。アイドルになることイコール上京、という常識は、大きく変わりつつあります。
 近年台頭してきた地方のアイドルたちは、住まいも拠点も地方のままアイドル活動を続けている一方で、必要に応じて東京に行き、中央のメディアやイヴェントに参加しています。新潟のNegicco、仙台のDorothy Little Happy(ドロシーリトルハッピー)、福岡のLinQのように、東京のレコード会社に所属しながらも、地元で継続的に活動を行いつつ、必要に応じて東京に出てくるというスタイルです。
 これを可能にしたのは、交通機関の発展やネット環境が整備に伴い、地方と東京の情報格差が縮まったことや、人の動きが活発になったことなどが考えられます。
 そしてその結果、東京の中央としての役割が、相対的に減少したということです。
 東京に行かなければアイドルになれない、とされていた頃は、マスメディアの発信力は圧倒的で、メディアに存在しないアイドルなどありえませんでした。そして、その“東京芸能村”で存在感を表すには、大手のプロダクションやレコード会社に所属していることが絶対条件でありました。それ以外の選択肢がそもそもなかったのです。
 しかし今、都道府県はおろか国境をも軽々と超えるインターネットの普及で、東京のマスメディアへ露出することは、絶対条件ではなくなりました。
 また、映像や音源の制作も、かつては巨額の費用がかかり、それをまかなえるのは大手の会社しかありえませんでした。それが、デジタル技術の進歩により、地方の施設や少ない費用でも可能となりました。そうして制作した映像や音楽も、メディアの手を借りること無く、ネットで全国に発信することができるようになりました。
 こうした環境の変化が、アイドル界の東京中心主義を変えつつあるのです。

ネットの海から新天地へ向かうアイドル

 AKB48ももクロも、最初はファンが一桁でした。しかし地道で継続的な活動で、しっかりとファン一人ひとりの心をつかんでいったのです。今メディアを席巻してるように見えるのは、メディアを使って売り出していると言うよりは、人気があるコンテンツに、自分でコンテンツを制作できなくなったメディアが群がっているというのが正しい見方でしょう。自分たちでモノの良し悪しの判断ができなくなったマスメディアは、ネットなどでファンの反応を確認し、後追いすることしかできなくなっているのです。
 数々のアイドルたちを産み、育ててきたマスメディアでしたが、もはやその能力は無いのです。
 地方のアイドルたちが頻繁にメディアに出てくるのも、同じ理由です。“地方のアイドル”というラベリングでしか判断できないマスメディアは、地方のアイドルだったらなんでもいいからと取り上げてますが、多くは、ネット上では周回遅れの情報ばかりです。
 アイドルについては、“東京経由で全国へ”という中央集権が、確実に崩れ始めています。
 かつては、すべての情報が一度東京に集められ、そこから全国へ流されていました。地方から直接発信することは困難で、まして、個人同士が情報を共有することはほぼありえませんでした。
 ところが、今は地方から生放送を配信したりということが、いとも簡単に行えるようになりました。また、人と人とを結ぶソーシャルネットワークの普及は、アイドルとファン、ファンとファンを相互に結びつけ、ファンの反響はアイドルに直接伝わり、またその反響もファン同士で共有することができるようになりました。これは、マスメディアによる情報の独占や選別が無意味と化したということです。
 アイドルを神格化し、情報を制約することで付加価値を高めていた黎明期から、“人間宣言”をした松田聖子おニャン子クラブをへた後、過酷な冬の時代をへて、アイドルは変革を遂げつつあります。
 ファンを取り巻く社会環境が大きく変わった21世紀において、20世紀型の“中央集権アイドル”は、終焉を迎えつつあります。メディアが全てをコントロールしていた時代は終わり、アイドルたちは、ネットの海を超え、自ら全国区になろうとしています。
 アイドル大航海時代は、始まったばかりです。