SKiCCO REPORT

ライターやってます。アイドル・ガールズエンタテインメントについて書いていきます。お仕事のご依頼は[skiccoあっとgmailどっとcom]まで。お待ちしております。

流行過多

おぼれそうさ
あふれるCDの波に飲み込まれ
はびこるのは統一されたヲタ芸とブログコメント
さらに悲しいかな最先端の話題は
握手と認知とブッパンのカラミ!


私は幸いなことに、今まで、いろんなアイドルさんたちと、素敵な瞬間を過ごすことができました。それぞれのアイドルさんや、同じ現場や体験を通じて知り合うことのできた人たちには、どれほど感謝してもしきれないと思ってます。
さまざまな出会いや経験の全てが今の私の元になっていて、どの時期が、どのアイドルさんが、一番かというような順番や優劣はつけられないです。ただ、“密度”という点だけで言えば、2005年12月からの約4ヶ月、AKB48とともに過ごした日々は、極めて濃かったと今振り返っても思います(当時の詳細はアイドル向上委員会をご覧ください)。
当時は(誇張ではなく)狂ったようにAKB48に夢中でした、文字通り汗水たらして劇場に通ってました。公演観て帰宅したら夜中までレポ書いて更新して軽く寝て起きて仕事行って昼休みに走ってチケ買いに行って帰ってきて休憩時間に遠征の手配して仕事終わったら劇場まで走って週末は並び中や遠征の移動時間に手紙書いて……という毎日でした。毎日、毎日AKB48でした。貧乏な私が福岡へ行くため飛行機に乗ったときは、知人から驚きのメールが来たほどでした。
そうした期間は確かに充実してて幸せでした。一方で、休む間もない日々に失ったものもあるなあとも頭の片隅で感じてました。反芻する時間と言えばいいのでしょうか、その日公演で感じたこととかを繰り返し頭の中でぐるぐるするといった時間がありませんでした。そういう時間も大事なんだと、気づくようになりました。
新潟に住んでた頃は、月に数回しか現場(東京)に行けませんでした。ネット環境もありませんでした。アイドルの話をする相手もいませんでした。職場と家を往復する日々の中で、わずかな経験をひたすら反芻してました。当時の私にとってはそれが当たり前でした。本もCDも録画したテレビ番組もじっくり味わってました。
ですが、AKB48に夢中になってる頃は、そういう時間も感覚も失ってました。地方出身の私にとって毎日アイドルが観れるというのは夢みたいな体験で、だからこそ必死でした。ですが同時に、嗚呼、頭の中で自分の想いをぐるぐるする時間も必要なんだなあって感じるようになりました。


今はAKB48も、それ以外のアイドルも、情報という点では当時以上にあふれています。ついつい追いかけることに必死になりがちです。それがやむを得ないことは私もよくわかっています。夢中になるというのはそういうことなのだと。
ですが、立ち止まってこそ見える風景もあるんじゃないかなあという気もするのです。
年寄りのセンチメンタリズムと言われれば否定はしません。
ただ、日々行われているアイドルとの素晴らしい出会いや経験を、ただの情報でなく宝物にするのは、誰でもない自分自身です。そのための時間をもっと大切にする方法を、考えていきたいと思います。

広告を非表示にする